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アフガニスタン映画「Panaah」がインド人監督によりインドで撮影

2007年12月23日(IANS)

アフガニスタン難民は9.11後の自分たちの生活が、映画「Panaah」に描かれるのを見ることになる。この映画はアフガニスタン人がプロデュースし、インド人が監督をし、大勢のインド人クルーを伴って、インドとブルガリアで撮影される。

「『9月11日』以降、世界はテロリズムの意味を理解しましたが、それが『Panaah』のメッセージです。」と2001年の米国におけるテロリストによる攻撃はアフガニスタンにとって、現在も続いているという米国主導の国際軍事行動の結果をもたらしたということを言及して、プロデューサーのAsad SikanderがIANSに対し語った。

映画は、ムンバイを本拠とするSundeep Mohnotが監督をした。この映画はSikanderの最初の、アフガニスタンの公式言語であるダリ語、パシュトゥ語による作品となる。

「Panaah」の公開はまだだが、ハミド・カルザイ大統領はすでに試写を見ており、Sikanderによれば、大統領の反応は肯定的かつ励みになるものであった。

同胞の多くと同様、Sikanderは1979年のソビエトによる侵攻開始のさなかにアフガニスタンから亡命した。彼はブルガリアに行き、現在そこに妻と娘のDianaと住んでいる。彼は娘の名を自分の映画会社につけた。

俳優は武術を学び、黒帯を取り、ブルガリア、ドイツ、米国で多くの協議会で優勝し、武術のトレーナーになった。

しかし、映画、特にヒンズー映画に対する子供のころの情熱が忘れられず、彼はインド映画の都市、ムンバイに行き映画製作のコースに入った。武術と映画の勉強という組み合わせにより、彼の前にアクション映画製作の道が開け、さらにインド映画界の大物たち、例えばSuneil Shettyのような人たちとのつながりもできた。

Sikanderはインドで公開された映画「Bullet-Ek Dhamaka」によって活動を始めた。

「『Bullet』の時と違い、今回『Panaah』のためにインドで作業するのはずっと簡単で、順調です。」とSikanderは語った。彼はこの先インドとアフガニスタンを舞台とする4本の映画を来年公開する計画である。

Sikanderは辺鄙な村々も含めてアフガニスタンで人気が出てきている。彼によれば、そこでは多くの人がやって来て映画やテレビシリーズについて彼と語りあい、それが彼にアフガニスタン社会を楽しませ続けようという気持ちにさせる。

「新しい世代は近代的になりたいと思い、テレビシリーズや映画は手本となるような他の文化や服装を映し出します。」

「アフガニスタン社会に対する映画は影響力があり、肯定的なものです。そしてその効果によって当地の人々にゆっくりではあるが確実によい変化をもたらすことを少しも疑っていません。」と、ジャンクロードヴァンダムやスティーブンシーガルやブラッドピットのようなハリウッドのスターたちと働いたことのあるSikanderは語った。

アフガニスタンの映画産業は国内の30年間の戦争によって完全に破壊されたが、Sikanderは若いアフガニスタン人に新しい種類の映画を持ってくることを望んでいる。

しかし、この俳優はその仕事が簡単ではないことを認める。アフガニスタンの制度には映画製作を経済的に成り立たせる、きちんとした配給メカニズムが欠落しているからである。

「状況は悪く、アフガニスタンの人々は配給制度がないため映画を作っていない。そういうわけで映画をインドで売り、インドの映画産業の支援を望むわけです。」と彼は説明した。